あなたの部下に「頑張ってもムダだ」と思わせないように
これまでの記事に、何度か登場のしたことのある「学習性無力感:Learned Helplessness」。
学習性無力感とは、抵抗や回避が困難なストレス状況にさらされ続けると、「何をしても意味がない、ムダだ」ということを学習してしまい、その後に抵抗や回避が可能な状況になっても、能動的に対処しようとしなくなる状態のことをいいます。
学習性無力感はこうやって見つかった
米国の心理学者マーティン・セリグマン(M.Seligman)は、犬をA、B、C、3つのグループに分け、二つの実験を行いました。第一実験では、Aグループは室内のパネルを押せば電気ショックを回避できる部屋に入れ、Bグループは電気ショックを回避する手段のない部屋に入れました。そして、Cグループは電気ショックのない部屋に入れた。その上で、A、Bのグループには繰り返し電気ショックを与えました。すると、Aグループの犬は、数回のうちにパネルを押して電気ショックを回避する方法を学習しました。
続く第二実験では、A、B、Cグループとも、中央に低い柵があり、ランプか点滅してから10秒以内に柵を飛び越えて向こう側に行けば電気ショックを回避できるように設計された部屋に入れました。その結果、A、Cグループの犬は、すぐに柵を乗り越えて電気ショックをから逃れることを学習しましたが、Bグループの犬は、電気ショックを与えられても床に座ったまま苦痛に耐えるだけで回避のための行動を取ろうとはしませんでした。
このことから、セリグマンは、Bグループの犬が「何をしてもムダだ」ということを第一実験で学習してしまった結果、ネガティブな結果しか予測できなくなり、絶望・無気力な状態=学習性無力感の状態になったと考えました。これは犬に限った現象ではなく、人を対象とした実験(大きな音を不快刺激として使ったもの)でも同様の結果が得られています。そこから、セリグマンは「自分ではコントロールできない状況→ネガティブな結果の予測→無気力や抑うつ感、絶望感」というモデルを導き、人の抑うつ状態やうつ病の背景を説明しようとしました。
さらに第二実験では、Bグループの犬を強制的に柵の向こう側に移動させ「柵を越えて向こうに行けば安全だ」ということを学習させようとしましたが、A、Cグループに比べて非常に長い時間を要することが分かりました。これは、学習性無力感が、環境適応力の低下や学習能力の低下、情緒的混乱を招くことを意味しています。人の抑うつ状態にみられる、集中力や決断力の低下、抑うつ、情緒的鈍麻などと同様です。
学習性無力感を作り出してしまう上下関係
上司と部下といった上下関係の場合、状況が自分にとって「コントロール可能か否か」は、上司の状況の捉え方によって変えることができます。だが、部下にとっての「自分ではコントロールできない状況」というのは、先の実験のように、上司によって作り出されてしまうことがあります。部下は、自発的に現状から逃げることは難しいし、逃げられたからといって自由になるわけではありません。となると、部下を学習性無力感の状態にしてしまわないように、部下自身で試行錯誤できる余地を残したり、選択肢が与えられている(あるいは、適宜、別の選択肢が提示される)状況を作るように、上司間側が意識しておく必要があります。
部下は、何かを強制され、別の選択肢がない中で失敗を繰り返す状況に置かれると、「何をやってもムダだ」と絶望を感じ、無気力な状態に陥ります。その結果、部下には、学習能力の低下や情緒的混乱といった脳機能の低下が生じます。上司は、部下が身を置く状況をコトンロールすることができるからこそ、「自分ではコントロールできない」と部下に感じさせないような状況を作るように心掛けたいものです。
学習性無力感からレジリエンス、そして持続的幸福へ
余談ですが、セリグマンは学習性無力感の研究を通して、「病気を治すための努力はしてきたが、どうすればもっと幸せになれるかのための研究はしてこなかったぞ」と気付きます。というのも、Bグループの犬の中には、学習性無力感に完全に陥らなかった犬や、陥りながらも試行錯誤して回避行動をとった犬が数頭いたからです。これは後に「レジリエンス」という概念につながっていきます。
そして、セリグマンはその気付きからスタートし、今では「ポジティブ心理学の父」と呼ばれるようになっています。彼は、幸福を科学的に研究するためにウェルビーイング(well-being)という言葉を使い、その指標として、5つの要素PERMAを提唱しています。
【PERMA】
①ポジティブ感情:positive emotion
②エンゲージメント:engagement(フロー状態、何かに没頭し熱中している状態を生み出すための活動に従事していること)
③関係性:relationship
④意味と目的:meaning and purpose(人生の意味や仕事の意義、および目的の追求)
⑤達成感:achievement(何かを成し遂げること、「達成のための達成」も含むため、必ずしも社会的成功は伴わない)
このPERMA、経営者の皆さんであれば、スタッフと共に課題を達成したり、課題を解決したり、アクティビティに参加したりするときに一緒に感じたいことTop5なのではないでしょうか。幸福は、意外に身近に存在しているようです。